立待月

枡野浩一氏が主宰する「かんたん短歌blog」の
主要歌人である篠田算さんの短歌ブログbsd」にて


ろうそくの火をけすこともかなわないかすかな母の誕生日です(篠田算)


という歌に
思いがけず号泣してしまいました。
堪えようともせず泣きました。
ただ かなしい というだけの涙ではなく
あらゆる感情がとけいづるような
自分でも説明のつかない涙でした。


泣きながら なぜだか頭の中で流れたBGMは「無縁坂」(古っ)で
リリー・フランキー氏の著書『東京タワー』のオカンが浮かびました。
これらの関連性を考えると
多分キーワードは「母の人生」なのだと思います。
自分の母 母としての自分 あらゆる人々の様々な母。
その母たちの
自らは決して多くを語らない母としての人生を想うとき
そしてまたその母を見つめる
子の眼差しを通した母の人生を感じるとき
今の私は涙腺が崩壊して制御不能になってしまうのです。


物心つく頃フォークソング(!)が全盛だった私は
「無縁坂」をそらで歌える(婆)。
そんなことが複雑な心境だったり今となっては自慢に思えてきたり。
大好きなリリー氏の話題作『東京タワー』の感想が
どれもこれも「泣ける・泣いた・号泣」であることに
ほんのちょっぴりの反発を感じていたり。
そういう訳のわからない感情すべてをひっくるめて
説明のつかないままの今日の日記です。


篠田算さんのお母様が1日も早くお元気になられますよう
心からお祈りしています。
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ある日ある場所にこんな日記をアップしました。
随分迷い勇気を出してここにアップしてみようと思います。
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自分の語彙力や技術力のなさを痛感している。
誰かの歌についてコメントをするなどとは考えたこともなかった。
好きとか嫌いとか 共感するとかしないとか
当然ながら様々な感想はもつのだけれど
こんな私の感想でも 
その想いを言葉にするとどこか批評めいてしまう気がしたし
自己満足で詠む歌が単純なものであるように
読者である時にも分析するような読み方は出来ない。そういう趣味もない。


それでも 
好きな歌を読んでその世界にトリップしてゆくような感覚は快感で
自分の日常とは違う世界なのに微妙にかさなりあい
自分の日常すら大きくひらかれるような誘いは魅力的だ。


ろうそくの火をけすこともかなわないかすかな母の誕生日です(篠田算)
という歌でとめどなく泣いてしまったように。
このケーキ燃えてますよね(正確な数のロウソク立てちゃいました)(伊勢谷小枝子)
という歌で真夜中 独りPC画面の前で声を出して笑ってしまったように。


この歳になると自分の好みというものが
頑固なほどにはっきりとしてしまい
新たなジャンルへは手を出しにくくなるけれど
少なくともここで感じた想いは
素直な声にしたいと思った秋の夜長です。


淋しいのはお前だけじゃな

枡野浩一著『淋しいのはお前だけじゃな』
この人の文章に触れている時間に幸福を感じる。